tokakudoku15’s diary

兎角毒苺堂のブログです

手を動かせば、いつか終わる

創作 Advent Calendar 2017 - Adventar

adventar.org

2017年は兎角毒苺團から兎角毒苺堂に進化した記念イヤーです。

残念ながら記念らしいことは何もできなかったのですが…どうやら立ち位置についてそろそろ考えるタイミングみたいですね。この数ヶ月ずっとサークル活動の休止宣言をするかしないか考えてたんですけど、宣言するタイミング掴めないんでもういいや~って。ちょっとあんまり楽観視できない病気になっちゃってイベント直参できないだけで、ものをつくることはやめないだろうし(たぶん)体力が快復すれば直参も可能になるんだろうし(たぶん)まぁどうにかなるだろうって思ったら…まぁ特に宣言する必要もないのかなって。

なんかこー…つくづく超大型台風が日本に接近してるっていうニュースをBGMに「やれやれ困ったレディだ」とか肩を竦めながら嘯いて背中に大剣背負って街を去るっぽい大袈裟なインシデント発生率の高い人生だよなぁ。体調の悪化に伴いイベントに出られずガッカリションボリもしたけれど推しのおかげで浮上中の人間から“つくる”って自他共に生産性の認められる行為なのでつくる際の動機はプラスの感情から開始したほうが気持ちいいですよ~ってのだけ、お伝えしておきます。

辛いことや悲しい出来事が遭ったり、落ち込んでたり、体調が悪かったときはしっかりそれらのマイナスの感情に身を任せてOK

でもそれらのマイナスの感情を動機に物事を始めてしまうのはNG

調べてみないとわかんないですが心理学でもそういう効果についてたぶん説明されてるんじゃないかなって思うので詳しく知りたい方はぐーぐる先生に直接質問してみてください。

 

 

(下記はついったーで書いたものだけど、個人的に必要なことだと思ったのでこちらにも載せておきます。)(それにしても日常と創作って切り離せないから何書いていいのかよくわかんないですね…)

「得手不得手と 向き不向きと 好き嫌いは全部別」 …ってよく言うんだけど、“努力では無我夢中に勝てない”ってのもその理由のひとつ。評価の総合得点とかに関係なく、『ああ、勝てないなぁ…』って作品に出逢った経験がある人なら、わかる感覚だと思う。

仮説のひとつとして「努力は作品を作り、無我夢中は作品を産み出す」なのかな、と。無我夢中の境地に至ると“作為”が段々抜けて、雑味のない味に仕上がってゆく。鬼作、とか、怪作、と呼ばれる作品はそういう境地から産まれ出たモノなんじゃないのかな、と。処女作は傑作、みたいな言われ方をするのはそのせいもあるんじゃないかな。多くの人は最初は無我夢中で作品に向き合う。自分の中のパワーに気圧されるように書いてる。制御できてしまってる人はなかなか門が開かない。何度も門を叩く。それは努力。努力で無我夢中を越えようとする。それも強さ。

産むタイプの人間はわざと自分を追い詰める。そうする事で産道を広げようとする。劇薬を何度も自分に使う。己れを削る。
作るタイプの人間は自分を追い詰めない。劇薬を使ったり己れを削っても良い作品は作れない、という事を知っている。
これも器質の違い。

『居場所がない』と感じたことのある作り手のひと限定になっちゃうかもしれないんだけど、『肯定されたい場所で続ける』『好きな方法で続ける』『居場所が見つかるまで続ける』などは作り続ける動機になるよな~と感じる。

『肯定されたい場所で続ける』は自分を否定されたくない、だし
『好きな方法で続ける』は嫌いな方法で続けたくない、だし
『居場所が見つかるまで続ける』は居場所がないから見つかるまで探す、なんだけど…ネガティヴな動機を裏返せた時からが自分とのガチンコ勝負だと思ってる。

ネガティヴな動機がいろんな局面で妨害してくるので、出来る限り早めに裏返しておけるとエネルギーを無駄に消耗せずガチンコ勝負で本領を発揮できる。
挫折で心折れてしまうより、小さな挑戦と失敗を何度もリカバリーして弱い部分を補強しておく事が長く続ける為には必要なのかも。

トライ&エラーは大切。
理解 分解 再構築

 

 

 

インターネットの速度は思考の速度にたぶん近くて、だから頭の中を照射する装置として使いがちになるけど、思考の速度と人間が手を動かす/身体に落とし込む速度は別物なので、飲み会の生身の人間同士が身体の速度で話をして次の企画に繋がるんだよなぁ

身体の速度を意識して企画しないと思考に置いていかれる事がままある
スピードもそうだし、規模もそう。『たくさんの人が参加してくれたらきっと楽しいはず!』って想定以上に規模が大きくなると思考に置いていかれる。
器の素材とサイズの問題。
器とキャパシティー

おそらく伸び代を育てるのは中の人間の役目ではないのだろう。中の人間は器を維持すること、補修やメンテナンス、トラブル時のケアがメイン。
古くなったりガタがきている所を見つけて黙々と改善する裏方仕事。結果だけしれっとリリース発表したらいいと思う。

ずるいは成長も阻害する。
基礎の部分は徹底的に利己主義なまま維持したほうが、のちのち屋台骨がぐらつかなくて良い。どこまでビジネスライクで通すかの線引きを人間がやれば良いと思う。人間にしかできないことを人間がやる。

“手紙を書く”は“個”に届けたい時に有効。どんなに良い説明書や手引き書を作成しても大半の人間には読まれないが、ルールやレギュレーションを手紙の形式でしたためると面白いぐらいレスポンスがある。わからない所を質問する、確認する、ふるいの目が細かくなる。
なのでぼくは手紙を愛用する。

質問形式の手紙やアンケートの体裁の手紙だと即効性。ビジネスライクに義務化して良い部分。

 

 

 

向き不向きがあるので自分のやり方に合う方法を見つけるしかないが、全体のバランス偏重で削ったり盛ったりするだけでは上がらない精度があるし、かといって部分の精度偏重すると全体のバランスが整わない。
悩ましい。

脳内棟梁は完全に部分の精度偏重だから職人のぼくに「その調子だ、続けろ」っていつも言う

「おめえの作りたいモンはおめえの腕がちゃあんとわかってる。腕を磨いてやりゃあ、作りたいモンが作れる」って棟梁が言ってた

「ありあわせの部材しかなくても手間ひま掛けりゃ完成する。最高の部材を用意したって手を抜きゃ無様なモンにしかならん」

「基礎には石をつかえ。昔からあるもんは滅多なことにはならん」

「口で作ろうとするなよ、手を止めない奴が実直なんだ。」

 

 

来年以降、また手を動かします。それまではしばらくお休み。

 

 

最近再認識したのがどうやら“モドキ”というテーマを追い続けるのがぼくという1冊の本の味で、そのうちの結実した成果にドラゴナイトも含まれるってことで。

魔法陣を物理で作り写真を撮って次の本の表紙に使いたいです。いよいよ訳が分からないですね(まがお) 大丈夫ですこれが通常運転です。時期は未定です。

イベントの直参予定は白紙ですが、ドラゴナイト擬典の展示が出来るイベントがあれば積極的に出していきたいです。委託…?じゃないのかな。展示委託???「委託枠で展示してもいいよ」というイベントがあれば、ぜひ教えてください。擬典が単独出張します。

 

 

 

《こんな素材で作りたいなーと思ってるモノを好き勝手に列挙》

星座

水晶

粘土

枯山水

胡桃の殻

ミニ額縁

物理魔法陣

天体テラリウム風

銅板のミニプレート

ミニチュア家具+発光

水槽展示進化バージョン

 

うん、順調にどこ向かってんだか謎だ。